【番外編】祖父が亡くなって思ったこと。
はい、今回は授業ではなく番外編ということで、
最近あった気付きと言うか、記録として残しておこうかと思ってね~。
ただ、“死”という言葉が何度も出て来るので、あんまり読みたくない方は読まなくていいよ~。
一応、忠告はしたからね~( ̄▽ ̄)
ということで先日、祖父が亡くなりました。
それで、お通夜と葬儀に行ってきたんだけどね。
入院していて、そろそろ危ないってことで会いには行ったんだけど、
そこから2ヶ月経って、夜中に眠ったまま亡くなったから、誰も死に目には会えていない。
そこで、思ったことがあって
たまに1人で死ぬのが嫌だ!
とか、
誰かに看取られて死にたいから結婚するんだ!
とかって言う人がいるけれど…。
ぶっちゃけ、結婚していようが独身だろうが死ぬ時は1人だな~って。
結婚して子供や孫たちがいたとしても、24時間ずっといられる訳でもないし、
深夜だったら家に帰ってる可能性もあるし、
ぶっちゃけタイミングが会わなかったら
誰にも看取られずに1人で死ぬことになっちゃうからさ…。
だから、結婚するならしたいと思える相手がいればすればいいし、
いなければ独身でもいいんじゃないかな?って思ったよね。
それが1つ目。
そして、もう1つ思ったことが
まぁ、お通夜で亡くなった祖父を見て、寝ているような顔をしててさ。
遺体ではあるんだけど、何かそんな風に思えなくてね~。
すぐに起きてきそうな感じの顔をしてたから死んだ実感は特になかったのね。
そして、次の日に葬儀をして火葬をして、
お骨拾いする時に、骨になった祖父を見た時に思ったのさ。
「人って、死んだら最終的にはこうなるんだ…。」
って。
そして骨を骨壺に入れていくんだけどさ。
骨壺に入りきらないから骨壺の中をコーンフレークみたいにかき混ぜながら砕いて小さくしてるのを見て、笑いそうになちゃったよ(笑)
「あっ、こうなっちゃうのね!笑」
って。
なんか、西と東で違うみたいなんだけど、東の方は骨を全部骨壺に入れるみたいなんだけど、
西の方は形を保つため?に全部骨壺に入れないみたいなのよ。
残った骨はどうするんだろうね。灰にして捨てるんだろうか?
それでね。
心霊好きの人を敵に回しちゃうかもしれないけど、
私は幽霊みたいなものっていないと思ってるのね。
心霊はビジネスだと思っているし、
霊が見える人は、統合失調症なんじゃないか?
と思っているようなひねくれ者なのでございます(笑)
「私には、霊が見える特別な力が宿っているのだ!」
って、なろう系の主人公みたいになりたい気持ちは分からなくもないけどね(笑)
言っておくけど、あくまでもこれは個人的な意見であって、押し付けるつもりはないからね!
自分が信じたいものを信じればいいさ。
だから、魂がどうとか霊がどうとか生まれ変わりがどうとかは、ぶっちゃけどうでもいいというか、
目に見えないことに向き合うよりも
目に見えることに向き合いたいし、向き合ってほしいのね。
だから、死んだら今持っている意識は、どこかに逝くというよりも電源が落ちるみたいにブツンと切れて“無”になる感じになるんじゃないかな?って思ってる。
脳が機能してないから、自分を認識することも出来ないからね。
そんな風に思っておりまして。
で、器となるその身体は、最終的には焼かれて骨になっちゃうワケだけど。
亡くなって、遺体の状態から火葬されて、骨になるっていう一連の流れを見れたこの体験は、自分の中ではかなり大きなものだったのさ。
「これは、未来の自分の姿なんだ。」
って思ったから。
何かを成し遂げても
成し遂げられなくても
金持ちになろうが
貧乏になろうが
楽しもうが
我慢しようが
天寿をまっとうしようが
自死を選ぼうが
最終的には骨となる。
だから、どんな生き方をしてもいいし、それをとやかく言われる筋合いも言う筋合いもないんだけど。
ただ、
「我慢しながら生きる」
とか
「周りの目を気にして生きる」
とか
ただ時間が過ぎ去るのを待つような生き方って言うのかな?
「早く休みの日になれ!」
とか
「明日、会社行きたくねぇ!」
とか
そういう生き方は、言い方は悪いかもしれないけど、ちょっともったいないよね~って思う。
あの世というものが、あるのかないのかは知らないけど、
この世?生きているこの世界?は、生きている間にしか味わえない世界だからさ。
やりたいこと
行きたい場所
会いたい人
味わいたい体験
は、生きている間にしかできないことだから。あたりまえだけど。
今生きている人みんな最終的には、骨になるのよ。
人の目を気にしたって
見栄を張ったって
マウント取ったって
成功者になったって
なれなくったって
結婚したって
しなくたって
そんな小さいことを気にしたってしょうがないし、意味がない。
だって、最期は骨になるんだぜ?
そんなことを気にするよりも、
生きている間のこの世界や時間の中で、自分が何を味わうか?体験しておくか?
それが何よりも大切なことのように思うよ。
死ぬ前に、カツオの藁焼きを食べるか?食べないか?みたいな感じが近いのかな?笑
まぁ、食べても食べなくても最期は骨になるだけだけどね。
筋肉モリモリマッチョマンの変態になろうが最期は骨になっちゃう(笑)
最期は骨になっちゃうけど、そこに意味があるとかないとかじゃなくて、
生きている間、
“自分はどう在りたいか?”
なんじゃないかな?
私はクソ旨いカツオを食べないで死ぬよりは、食べてから死にたい!
旨いカツオを高知まで行って、味わうという体験というのが人生であり、
生きるということなのではないか?とも思うのですよ。
くだらないって?
いいじゃん、人生は暇潰しなんだからさ~。
世の中、くだらなくて無駄なものばっかりなのさ~。
成功者になったところで、あの世にはお金も地位も名誉も何も持っては行けないよ~。
フォロワー数とかもね~(笑)
死ねば「無」だから。
何も残らない
何も感じない
骨になるだけ。
だから、今なんだよ。
今何をしたいか?
今何を味わいたいか?
どんな体験をしておきたいか?
それが私の生きる道~♪︎
ってね(笑)
そんなことを思ったスバルなのでした。
p.s.
火葬場の敷地内に大量のカラスがいたんだけど、
お墓とか火葬場にはカラスがいっぱいいるものなのかな?