1限目:パンドラの箱とは何か?――心の奥に封印した「本当の自分」
はい、席について~。
人生学始めま~す!(  ̄▽ ̄)
今回からしばらくの間、シリーズものになりやす( ´∀` )b
その名も、【パンドラの箱】シリーズ!
その第1段として今回の授業は、
“パンドラの箱とは何か?”
について解説していこうと思いま~す。
「自分が何をしたいのか分からない」
「自分で決めることが苦手」
「正解がないと不安になる」
「周りからどう思われるのかが気になる」
「言われたことはできるけど、自分から行動することができない」
そんな気持ちを抱えた人がいる。
では、なぜ自分の人生なのに、自分で決められなくなってしまうのだろうか。
本当に「自分の意思」がないのだろうか。
そうとは限らない。
もしかすると、
自分の意思がないのではなく、
長い間、心の奥深くに封印してきただけなのかもしれない。
人生学では、その封印された場所を、
【パンドラの箱】
と呼んでいます。
人は「人生OS」をインストールされながら育つ
パンドラの箱を理解するためには、
まず人生学における【人生OS】について知る必要があります。
まぁ、前に授業でやったと思うけど、一応おさらいとして軽く説明しておくよ~。↓↓
私たちは、生まれた瞬間から、
「人生とはこういうものだ!」
「こうやって生きるべきだ!」
という価値観を持っているわけではない。
親や学校、友人、社会など、さまざまな人や環境から影響を受けながら、
自分なりの価値観や常識を作ってゆく。
例えば、
「親の言うことを聞きなさい!」
「ちゃんとしなさい!」
「人に迷惑をかけてはいけない!」
「失敗してはいけない!」
「良い学校へ行って、良い会社へ入りなさい!」
「人から嫌われてはいけない!」
こうした周囲から与えられた価値観や考え方が、自分の中で「当たり前」になってゆく。
それが人生学でいう、
「人生OS」
です。
人生OSが入る一方で、封印されるものがある
しかし、子どもにも当然『自分の意思』というものがある。
「私はこれが好き」
「これは嫌い」
「これをやりたい」
「それはやりたくない」
そして、意思だけではない。
「悲しい」
「寂しい」
「怖い」
「腹が立つ」
など、さまざまな感情もある。
ところが、それを素直に表現できるとは限らない。
「嫌だ!」と言えば怒られる。
「これがやりたい!」と言えば否定される。
泣けば「泣くな!」と言われる。
怒れば「わがまま!」と言われる。
反対に、親の期待通りに行動すれば褒めてもらえる。
そんな経験を繰り返していると、子どもなりに学習していきます。
「自分を出さない方が安全なんだ!」
と。
そこで、
「本当は嫌だ!」
「本当は悲しい!」
「本当はこうしたい!」
という自分の気持ちや価値観、思想なんかの一部を、
心の奥深くへ押し込め、封印してしまう。
人生学では、その封印された場所を、
【パンドラの箱】
と呼んでいる。
人生学における「パンドラの箱」
人生学におけるパンドラの箱とは、
『その環境で自分を守るために、表へ出せなかった意思・考え・感情などを封印した場所』
です。
※ここでいう「パンドラの箱」は、ギリシャ神話そのものを指しているわけではありません。
人生学における心の構造を説明するための比喩です。
箱の中には、
「本当は嫌だった」
「本当は悲しかった」
「本当は寂しかった」
「本当は腹が立っていた」
「本当は認めてほしかった」
「本当はこれをやりたかった」
「本当はこう生きたかった」
そんな、表に出せなかった自分が封印されているのだ。
なぜ、自分自身を封印するのか?
では、なぜ人は自分の意思や感情を封印するのだろうか。
それは、
子どもの頃の自分にとって必要な「生存戦略」だったから
なのかもしれない。
子どもは、一人では生きていけません。
食事。
住む場所。
安全。
生活に必要なもののほとんどを、大人に依存していると言える。
だから子どもにとって、親との関係を維持することは非常に重要なのです。
例えば、
自分の意思を主張すると親に怒られる。
でも、親の言うことを聞けば怒られない。
自分のやりたいことを言えば否定される。
でも、親の期待に応えれば褒めてもらえる。
そんな環境だったとしたら、
「自分の気持ちは我慢しよう」
「親の言うことを聞こう」
「期待された自分になろう」
と適応することがある。
つまり、
自分の意思や感情をパンドラの箱へ封印したのは、自分自身を守るためだった。
そう考えることもできるのだ。
パンドラの箱を作ったこと自体が悪いわけではない
だから人生学では、
「自分を押し殺してしまったあなたが悪い」
とは考えません。
むしろ、その環境では必要だったのかもしれない。
子どもだった自分には、環境そのものを変える力がありません。
家を出ることも難しい。
自分でお金を稼ぐこともできない。
親を選ぶこともできない。
だから、
「環境を変えられないなら、自分を変えて適応する」
という方法を取る。
自分の意思を封印する。
感情を出さない。
良い子になる。
親の顔色を伺う。
言われたことに従う。
それによって、その環境を生き抜いた。
だとすれば、パンドラの箱は、
「弱かったから作った箱」ではなく、「幼い自分が生きるために作った箱」
とも考えられます。
問題は、大人になっても箱を閉じたままであること
しかし、子どもはいずれ大人になります。
自分で働ける。
自分でお金を稼げる。
自分で住む場所を選べる。
誰と付き合うのかも選べる。
仕事を選ぶこともできる。
親とは違う価値観を持つことだってできる。
もう、子どもの頃と同じ方法で自分を守り続けなくてもいい。
ところが、
身体は大人になっても、子どもの頃に身につけた生存戦略だけが残り続けることがある。
「嫌われてはいけない」
「期待に応えなければならない」
「失敗してはいけない」
「自分で決めるより、誰かに決めてもらった方が安全だ」
「正解から外れてはいけない」
そんな人生OSが今も動いている。
そして、
「私はこうしたい!」
という自分の意思は、今もパンドラの箱の中にある。
すると、大人になって突然、
「あなたはどうしたいんですか?」
と聞かれても、
「分からない」
となってしまうことがある。
それは、
「やりたいことがない」のではなく、分からなくなっているだけなのかもしれない。
「やりたいことがありません」
「好きなことが分かりません」
「自分が何者なのか分かりません」
そんな人もいる。
もちろん、本当に今は特別やりたいことがない人もいるだろうけどね。
でも中には、
「自分の意思がない」のではなく、「自分の意思を長期間使ってこなかった」
という人もいるのかもしれない。
小さい頃から、
「あなたはこっちにしなさい!」
「こっちの方が将来安定する。」
「そんなことをして何になるの?」
「普通はこうするものだ!」
と言われ続ける。
そして、自分の意思よりも、
親の正解。
先生の正解。
世間の正解。
社会の正解。
を優先し続ける。
すると、
「私はどうしたい?」
と自分自身に問いかける機会が減ってゆく。
その結果、
自分の声が聞こえなくなってしまう。
そんなこともあるのではないだろうか。
正解ばかりを探す人になる
自分の意思を使わなくなると、
何でも外側に正解を求めやすくなります。
「普通はどうするんですか?」
「どっちを選ぶのが正解ですか?」
「親はどう思うだろう?」
「世間から変に思われないだろうか?」
今の時代なら、ChatGPTなどのAIに、
「私はどうすればいいですか?」
と聞くこともできる。
もちろん、人に相談することもAIを使うことも悪いことではない。
大切なのは、
「私はどうしたいのか?」
を飛ばさないことです。
例えば、ChatGPTに
「私はAにしたいと思っている。でも、自分では気づいていない問題がないか意見がほしい。」
と相談するのと、
「AとBどっちが正解? 決めて。」
では意味が違ってくる。
前者は、自分の意思を持ちながら他人やAIを利用している。
後者を繰り返せば、自分の人生の意思決定を外部へ預けることになるのだ。
言われたことしかできない「ロボット」になる
正解を教えてもらう。
その通りに行動する。
分からなくなったら、また誰かに聞く。
そして、また言われた通りに行動する。
それを繰り返していれば、
自分で考え、
自分で決め、
自分で行動する機会はどんどん減っていきます。
まるで、
外から入力された命令通りに動くロボットのようにね。
でも、人間はロボットではありません。
「私はこう思う!」
「私はこうしたい!」
「これは好き!」
「これは嫌だ!」
本来、自分の中には自分の意思がある。
それが消えてしまったのではなく、
長い間、パンドラの箱の中へ封印してきただけなのかもしれない。
すべての人が「良い子」になるわけではない
ただし、自分を守る方法は人によって違います。
すべての子どもが、
「親の言うことを聞こう!」
という【生存戦略】を選ぶわけではありません。
親に従うことで自分を守る人もいれば、
反抗することで自分を守る人もいる。
例えば、
「良い子でいれば、認めてもらえる!」
と学習する人もいる。
反対に、
「誰にも支配されてたまるか!」
と反発する人もいる。
場合によっては、問題行動として現れることもあれば、
警察のお世話になることもあるだろう。
なので、
「反抗していた人は、自分を封印していない!」
というわけではありません。
例えば、
怒りや反抗心は表に出していた。
でも、
「本当は寂しかった」
「本当は親に見てほしかった」
「本当は認めてほしかった」
「本当は守ってほしかった」
「本当は愛してほしかった」
という感情はパンドラの箱へ封印していた。
そんなこともあります。
つまり、
怒りを出して、悲しみを封印した。
という人もいる。
反対に、
従順さを出して、怒りや自己主張を封印した。
という人もいる。
人によって、
「何を表に出し、何をパンドラの箱へ封印するのか」
は違うということなのです。
パンドラの箱とは「自分を捨てる場所」ではない
ここまで考えていくと、パンドラの箱に対する見方も少しは変わってくるでしょ?
パンドラの箱は、
「いらない自分を捨てたゴミ箱」
ではない。
むしろ、
「当時は表に出せなかった自分を、一時的に預けておいた場所」
なのかもしれない。
「今、この気持ちを出したら怒られる。」
「今、自分の意思を主張したら危ない。」
「だから、とりあえずここに置いておこう。」
幼い自分が、そうやって自分自身を守った。
だとしたら、大人になってパンドラの箱と向き合うことは、
忌まわしい過去を掘り返すことではなく、
子どもの頃に置いてきた自分自身を迎えに行くこと
とも言えるのではないだろうか。
しかし、長期間封印すると「呪核」が生まれることがある
ただし、パンドラの箱には一つ問題があります。
それは、箱の中に封印した意思や感情が、何十年も未処理のまま残ること。
「認めてほしかった」
「愛してほしかった」
「悲しかった」
「怖かった」
「本当はこうしたかった」
そんな気持ちが長期間処理されないまま残り続ける。
すると、そこに、
・傷
・恐怖
・自己否定
・劣等感
・思い込み
さまざまなものが絡みつき、
現在の人生にまで影響を与える「問題の核」になってしまうことがある。
人生学では、それを、
【呪核(じゅかく)】
と呼びます。
では、
呪核とは、いったい何なのか?
なぜ、昔の出来事が何十年も経った現在の自分に影響を与えるのか。
そして、
「頭では分かっているのに変われない」
という現象と、呪核にはどんな関係があるのか。
それは、次回の授業
【呪核とは何か?】
にて、詳しくやっていこうと思いま~す。
はい、今日の授業はここまで。
起立。
気をつけ。
礼。
では、解散~。
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