2限目:呪核とは何か?――パンドラの箱の中で生まれる「問題の核」
はい、席について~。
人生学始めるよ~(  ̄▽ ̄)
今日の授業は、前回に引き続き
【パンドラの箱】シリーズでございます~( ´∀` )b
前回では、人生学における【パンドラの箱】について解説しました。
そして、今回はパンドラの箱に封印されし特級呪物。
【呪核(じゅかく)】
について解説していこうと思いま~す。
前回のおさらい
前回の授業では、人生学における【パンドラの箱】について話しました。
私たちは子どもの頃、
「本当は嫌だった」
「本当は悲しかった」
「本当は寂しかった」
「本当はこうしたかった」
といった自分の意思や感情を、心の奥深くへ封印することがある。
それは、自分を守るための生存戦略だったのかもしれない。
人生学では、その封印された場所を、
【パンドラの箱】
と呼んでいます。
しかし、箱の中に入れたものが、何年、何十年と未処理のまま放置され続けると、
そこに傷や恐怖、自己否定、さまざまな思い込みが絡みついていくことがある。
そして、現在の自分にまで影響を与える『問題の核』となってゆく。
人生学では、それを、
【呪核(じゅかく)】
と呼ぶ。
前回の授業では、ここまでをやりました。
では、その【呪核】とは何か?
詳しく解説していきましょう!
呪核とは「呪いを生み出す核」
【呪核】と聞くと、
なんだか物騒な名前に聞こえるかもしれない。
もちろん、本当に心の中に呪われた何かが存在するという話ではない。
あくまで、人生学における比喩です。
一般的な言葉で表現するなら、
「心の澱(おり)」
みたいなものです。
・過去に処理できなかった感情
・心に残った傷
・恐怖
・自己否定
・思い込み
そうしたものが心の底に沈殿し、現在の自分の思考や感情、行動にまで影響を与え続ける。
人生学では、その問題の中心にあるものを、
『呪いを生み出す核』=呪核(じゅかく)
としています。
最初から「呪核」だったわけではない
ここは、とても重要です。
パンドラの箱に封印されたものは、最初から悪いものだったわけではありません。
例えば、
「お母さんに認めてほしい」
という気持ち。
これは悪いものなのだろうか。
そんなことはありません。
子どもが親に、
「見てほしい」
「褒めてほしい」
「大切にしてほしい」
と思うのは、ごく自然なことです。
ほかにも、
「私はこれをやりたい」
「これは嫌だ」
「悲しい」
「寂しい」
「怖い」
「腹が立つ」
という意思や感情も同じです。
どれも、本来はその人の中から自然に生まれてきたもの。
だから、
自分の感情や意思そのものが「呪い」なのではないということ。
問題なのは、
それを長期間封印し、未処理のままにしてしまうことなのだ。
「認めてほしかった」が呪核になるまで
例えば、
子どもの頃から親に認めてもらえなかった人がいたとする。
最初にあったのは、
「お母さんに認めてほしい!」
という気持ちだった。
だから頑張る。
テストで良い点を取る。
親の言うことを聞く。
期待に応えようとする。
でも、なかなか認めてもらえない。
頑張っても褒めてもらえない。
他の子と比較される。
失敗すると否定される。
すると、
「もっと頑張らなきゃ!」
と思うようになります。
それでも認めてもらえない。
すると今度は、
「自分がダメだから認めてもらえないんだ!」
「自分には価値がないんだ!」
と思うようになるかもしれない。
さらに、
「もっとすごい人になれば認めてもらえる」
「結果を出せば価値のある人間になれる」
「誰かに認めてもらわなければ、自分には価値がない」
という思い込みへと変化していく。
最初はただ、
「お母さんに認めてほしかった」
だけだった。
でも、その気持ちが長期間未処理のまま残り、
・悲しみ
・寂しさ
・劣等感
・自己否定
・恐怖
さまざまなものが絡みついた結果、
「誰かに認められなければ、自分には価値がない」
という問題の核が形成される。
これが、人生学でいう呪核なのです。
「本当はこうしたかった」が呪核になることもある
呪核になるのは、親から認めてもらえなかった経験だけではありません。
例えば、
「本当は自分で決めたかった」
という意思を、何度も否定されてきた人がいたとする。
「あなたには無理!」
「こっちにしなさい!」
「そんなことをして何になるの?」
「お母さんの言う通りにしておけばいいの!」
そんなことを繰り返し言われる。
すると最初は、
「私はこっちがいい!」
と思っていたはずなのに、次第に自分の意思を出さなくなります。
そして、
「自分で決めると失敗する」
「自分の考えは間違っている」
「誰かに決めてもらった方が安全だ」
という思い込みが形成される。
そして、大人になってから、
「あなたはどうしたい?」
と聞かれても、
「分からない」
となってしまう。
あるいは、何かを決めるたびに、
「これで合ってる?」
と誰かに確認しないと不安になる。
この場合も、
「自分の判断は信用できない」
という呪核が存在している可能性があります。
呪核と「人生OS」は何が違うのか?
ここで、
「それって人生OSと同じじゃないの?」
と思うかもしれない。
確かに、人生OSと呪核は密接に関係している。
でも、人生学では別のものとして考えます。
人生OSとは、
「世の中とはこういうものだ!」
「こうやって生きるべきだ!」
という、自分の判断や行動に影響する基本設定です。
例えば、
「人に迷惑をかけてはいけない!」
「失敗してはいけない!」
「親の言うことは聞くべきだ!」
「良い会社に入ることが幸せだ!」
「人から嫌われてはいけない!」
といったものです。
一方、呪核は、
そのさらに奥にある感情的な問題の核です。
例えば、
・人生OS
「人に嫌われてはいけない」
その奥に、
・呪核
「嫌われるような自分には価値がない」
が存在しているかもしれない。
あるいは、
・人生OS
「失敗してはいけない」
その奥に、
・呪核
「失敗した自分には価値がない」
があるかもしれない。
つまり、
人生OS=どう生きるべきなのか
に対して、
呪核=なぜ、それを守らなければならないのか
という違いがある。
「頭では分かっているのに変われない」のはなぜ?
呪核という考え方を取り入れることで、人生学では一つ説明できることが増えた。
それが、
「頭では分かっているのに変われない!」
という状態です。
例えば、
「全員から好かれるなんて無理だよ。」
と言われたとする。
本人も、
「そんなこと分かってるよ!」
と思っている。
理屈では理解している。
「人から嫌われても、自分の価値がなくなるわけではない。」
という新しい人生OSにアップデートすることだってできる。
でも、実際に誰かから嫌われると、
・ものすごく怖い。
・不安になる。
・相手の顔色を見る。
・嫌われないように機嫌を取る。
それは、なぜだろうか。
その奥に、
「嫌われたら私は一人になる」
「一人になったら生きていけない」
「嫌われる私は価値のない人間だ」
という呪核が残っている可能性があるからだ。
つまり、
頭の設定だけを書き換えても、心の奥にある問題の核までは消えないことがある。
人生OSをアップデートしても変われない。
そんなときには、
「もっと深いところに原因があるのではないか?」
と考える必要があるのです。
呪核は【ソウルジェム】に影響を与える
人生学には、
【ソウルジェム】
という考え方があります。↓↓↓
ソウルジェムとは、
自分自身に対する価値や心の状態を表現した比喩です。
「自分には価値がある!」
「失敗しても、自分は自分だ!」
「嫌われても、自分自身の価値がなくなるわけではない!」
そう思える状態であれば、ソウルジェムは輝いていると言えるだろう。
反対に、
「自分には価値がない!」
「誰かに認めてもらわなければ意味がない!」
「必要とされなければ、自分には存在価値がない!」
という呪核を抱えていれば、ソウルジェムは濁りやすくなる。
つまり、
呪核は、ソウルジェムを濁らせる原因の1つ
と考えることができます。
ここも重要です。
人生学では、
ソウルジェムが濁っていること自体を、問題の根本原因とは限らない
と考えます。
「なぜ濁っているのか?」
「なぜ濁ってしまったのか?」
まで遡っていく。
その先に、呪核が存在している場合があるからです。
「呪核」と「6つの呪い」は違う
人生学には、
【濁ったソウルジェムの6つの呪い】
というものがある。↓↓↓
「承認の呪い」
「許可の呪い」
「依存の呪い」
「拒絶の呪い」
「逃避の呪い」
「等価交換の呪い」
という6つの呪いがあります。
では、
【呪核】と【呪い】は何が違うのだろうか。
簡単に言えば、
呪核=問題を生み出している核
呪い=その影響によって表面に現れている思考・感情・行動のパターン
です。
例えば、
「自分には価値がない」
という呪核があるとする。
すると、
「誰かに認めてもらわなければ、自分の価値を感じられない」
という承認行動の呪いが現れるかもしれない。
あるいは、
「自分の判断は信用できない」
という呪核があるとする。
すると、
「誰かから許可をもらわないと行動できない」
という許可行動の呪いにつながるかもしれない。
だから人生学では、
「承認欲求が強いですね」
「人に依存していますね」
だけでは終わらない。
その奥に、
「なぜ、そこまで認めてもらう必要があるのか?」
「なぜ、一人になることがそこまで怖いのか?」
という問いを置きます。
そして、その原因を辿っていく。
その先にあるのが、呪核なのだ。
「呪核」と「呪縛」も違う
さらに、似た言葉として、
【呪縛(じゅばく)】
というものがある。
人生学では、
呪核=呪いを生み出している原因
呪縛=その呪いによって、現在の自分の自由が奪われている状態
と考えます。
例えば、
「嫌われたら自分には価値がない」
という呪核がある。
そこから承認の呪いが生まれ、
「みんなから好かれなければならない」
「期待に応えなければならない」
「嫌われるようなことをしてはいけない」
という考えに縛られる。
すると、
本当は断りたいのに断れない。
本当は辞めたいのに辞められない。
本当は別の道へ進みたいのに、周囲の期待を裏切れない。
自分の意思よりも、他人からどう思われるかを優先してしまう。
これが、
呪縛されている状態
です。
なので、
呪核は原因。
呪いは現れるパターン。
呪縛は自由を奪われている状態。
のことを言い、それぞれ意味が違うのです。
同じ呪核でも、現れる行動は違う
さらに難しいのは、
同じ呪核を持っていても、同じ行動をするとは限らない
ということです。
例えば、
「私は誰からも大切にされない」
という呪核があったとする。
ある人は、
「だったら、みんなに好かれる人になろう」
と考えるかもしれない。
・人に優しくする。
・頼まれたことを断らない。
・いつも笑顔でいる。
・自分より他人を優先する。
・良い人でいようとする。
一方、別の人は、
「どうせ誰も自分を大切にしてくれない」
と考えるかもしれない。
・誰も信用しない。
・先に相手を拒絶する。
・攻撃的になる。
・誰にも頼らない。
・一人で生きようとする。
表面的には正反対です。
片方は、
「人に好かれようとする人」
もう片方は、
「人を拒絶する人」
です。
でも、問題を深く掘っていけば、
「私は大切にされない」
という同じ呪核にたどり着く可能性がある。
なので人生学では、
表面に現れている行動だけで、その人の問題を判断しません。
「なぜ、その行動をする必要があるのか?」
まで遡って考えているのだ。
呪核は『悪い自分』ではない
ここまで【呪核】という言葉を使ってきました。
しかし、
「自分の心の中に、悪いものが存在している」
という意味ではありません。
むしろ、呪核の中心には、
かつての自分の純粋な気持ち
が残っていることがあるのだ。
「認めてほしかった」
「愛してほしかった」
「守ってほしかった」
「本当は怖かった」
「本当は悲しかった」
「本当は寂しかった」
「本当はこうしたかった」
それ自体は、悪いものではない。
ただ、その気持ちを表に出せなかった。
パンドラの箱へ封印した。
そして何年、何十年と未処理のまま残ってしまった。
その結果、
傷や恐怖、自己否定、思い込みなどが何重にも絡みつき、
呪核になってしまった。
なので、人生学では、
呪核を、
『倒すべき敵』
『消さなければいけないもの』
とは考えていません。
呪核は「討伐」するのではなく「浄化」する
では、呪核をどうすればいいのか。
人生学では、
呪核を「浄化する」
と表現している。
なぜ「討伐」ではなく、「浄化」なのか。
それは、呪核の中心にあるものが、
もともとは、
「認めてほしかった」
「愛してほしかった」
「悲しかった」
「本当はこうしたかった」
という、自然な感情や意思だから。
それを敵とみなし、倒してしまう必要はありません。
必要なのは、
呪核に絡みついている傷や恐怖、自己否定、思い込みを一つずつ解いていくこと。
そして、その奥にいる、
かつて封印した自分自身を取り戻していくこと。
人生学では、それを、
「呪核の浄化」
と呼びます。
呪核を浄化すると、何が変わるのか?
呪核が浄化されていけば、その影響も少しずつ弱くなっていきます。
例えば、
「認められなければ、自分には価値がない」
という呪核が弱くなれば、
「誰かに認めてもらわなければならない」
という承認の呪いも弱くなる。
すると、
「全員から好かれなくてもいい」
「結果を出せない日があっても、自分の価値はなくならない」
「周りがどう思うかより、自分はどうしたいのかを考えていい」
と思えるようになるかもしれない。
つまり、
呪核を浄化する
↓
ソウルジェムの濁りが薄くなる
↓
呪いの影響が弱くなる
↓
呪縛から解放されていく
↓
自分の意思で選択できるようになる
という流れです。
そして最終的には、
自分の人生の主導権を取り戻していく。
そこにつながっていくのだ。
では、なぜパンドラの箱は作られるのか?
ここまで、
「呪核とは何か?」
についてお話ししてきました。
呪核は、最初から存在していたわけではありません。
「認めてほしかった」
「本当は悲しかった」
「本当はこうしたかった」
そんな自然な意思や感情が、長い間パンドラの箱に封印され、
未処理のまま残ることで、傷や恐怖、自己否定、思い込みなどが絡みつき、
「問題の核」へと変化していく。
それが、人生学でいう呪核です。
では、ここでもう一つ新たな疑問が生まれると思う。
そもそも、なぜ私たちは自分の意思や感情をパンドラの箱へ封印する必要があったのか?
なぜ、
「本当は嫌だ!」
「本当はこうしたい!」
という自分自身を押し殺さなければならなかったのか?
その理由を考えていくと、
親との関係。
幼少期の愛着形成。
ソウルジェムの状態。
そして、その環境を生き抜くために身につけた人生OS。
これらが一本につながって見えて来ると思う。
ということで、次の授業では、
『なぜパンドラの箱は作られるのか?』
について、やっていくよ~!
母親・愛着形成・ソウルジェム・人生OS・パンドラの箱・呪核の関係を、
一つの構造として詳しくやっていこうと思うのでお楽しみに!
はい、今日の授業はここまで。
起立。
気をつけ。
礼。
では、解散~。
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