~人生の主導権を取り戻すための学問~

6限目:呪核を浄化するとはどういうことか?――パンドラの箱を開けた、その先へ

    
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6限目:呪核を浄化するとはどういうことか?――パンドラの箱を開けた、その...

はい、席について~。

人生学始めるよ~(  ̄▽ ̄)

今回のパンドラの箱シリーズ第6段で、

パンドラの箱シリーズはラストになりま~す!

いやぁ~、長かったね~(笑)

ぶっちゃけもう、飽き飽きしてたんじゃない?このシリーズwww

でも、パンドラの箱も人生学の核心的な部分でもあるので、こんなに長くなっちゃったのさ~(笑)

ゆるしてちょ~(人´3`*)~♪

さてさて、パンドラの箱シリーズのラストは、

“パンドラの箱は誰にでもあるのか?”

について解説していこうと思いま~す。

これまでの授業では、

「パンドラの箱とは何か?」

「呪核とは何か?」

「なぜパンドラの箱は作られるのか?」

「パンドラの箱は誰にでもあるのか?」

「パンドラの箱を開けるのは誰なのか?」

についてやってきました。

そして前回、

パンドラの箱を開けるかどうかを決めるのは、本人である

というお話をしましたね。

人生学は、無理やり箱を開けません。

「あなたのためだから」と言って、本人から鍵を奪うこともしません。

開ける。

開けない。

今は開けない。

いつか開ける。

その選択も含めて、自分の人生です。

では、自分自身の意思で、

「パンドラの箱を開ける」

と決めたら、その先では何をするのか?

そこで始まるのが、

「呪核の浄化」

です。

呪核は「倒すべき敵」ではない

人生学では以前、

呪核を「討伐する」という表現も考えていました。

しかし現在は、

「浄化する」

という表現を使っています。

なぜなら、呪核は倒すべき敵ではないからです。

例えば、母親に

「認めてほしかった」

「もっと愛してほしかった」

「本当は寂しかった」

「本当は怖かった」

「私はこうしたかった」

そうした感情や意思そのものが悪いわけではありません。

むしろ、どれも自然なものです。

しかし、それを表に出すことができず、パンドラの箱へ封印した。

そして何年、何十年と未処理のまま残ったことで、

悲しみ。

恐怖。

怒り。

自己否定。

劣等感。

さまざまな思い込み。

それらが何重にも絡みつき、

「自分には価値がない」

「誰にも認めてもらえない」

「自分の判断は信用できない」

といった呪核となっていった。

だから、

呪核そのものを敵として倒すのではありません。

呪核に絡みついているものを、一つずつ解いていく。

人生学では、それを、

「浄化」

と呼ぶのです。

浄化とは「嫌な記憶を消すこと」ではない

まず、呪核を浄化するうえで理解しておきたいことがあります。

それは、

過去そのものを消すことはできない

ということです。

親から否定された。

大切な人から裏切られた。

いじめられた。

自分の意思を尊重してもらえなかった。

愛してほしかったのに、愛されていると感じられなかった。

そうした出来事が実際にあったのなら、

「なかったこと」

にはできません。

記憶そのものを消すこともできません。

だから人生学における浄化とは、

過去を書き換えることではありません。

変えていくのは、

過去の出来事が、今の自分にどのような影響を与えているのか

という部分です。

まずは「何が入っているのか」を見る

パンドラの箱を開けたら、

まず必要なのは、

箱の中に何が入っているのかを見ること

です。

例えば、

「私は、人から嫌われることが異常に怖い」

という問題があったとする。

そこで、

「気にしなければいい」

「全員から好かれるなんて無理」

と言われても、なかなか変われない。

だったら、

「なぜ、そこまで嫌われることが怖いのだろう?」

と考えてみます。

すると、

子どもの頃、親の機嫌をいつも気にしていた。

怒らせると無視された。

良い子でいると褒めてもらえた。

自分の意見を言うと否定された。

そんな経験が見えてくるかもしれない。

さらに奥へ進むと、

「嫌われたら見捨てられる」

「見捨てられたら一人になる」

「嫌われるような自分には価値がない」

という認識が見つかる。

そこまでたどり着いたとき、

「これが、自分を縛っていた呪核なのかもしれない」

と初めて問題の正体が見えてきます。

「本当はどう感じていたのか?」を取り戻す

呪核を見つけたら、

次に大切なのは、

当時の自分の感情を理解すること

です。

「本当はどう感じていた?」

「本当は何が嫌だった?」

「本当は何が悲しかった?」

「本当は何を怖がっていた?」

「本当はどうしてほしかった?」

「本当は自分はどうしたかった?」

こうした問いを、自分自身に向けていきます。

例えば、

「親に認めてもらえなかった」

という出来事の奥に、

「本当は、お母さんに褒めてほしかった」

という気持ちがあったかもしれない。

「親の言うことばかり聞いていた」

という過去の奥には、

「本当は、自分で決めたかった」

という意思があったかもしれない。

パンドラの箱を開けるというのは、

単に嫌な記憶を掘り返すことではありません。

かつて封印した自分自身を見つけること

でもあるのです。

「そう思っていた自分」を否定しない

ここで、

「そんなことで傷ついていたなんて情けない」

「もっと大変な人はいくらでもいる」

「親だって大変だったんだから仕方ない」

と、自分の感情を再び否定してしまうことがあります。

でも、それでは、

もう一度パンドラの箱へ自分を押し戻してしまう。

大切なのは、

「悲しかったんだな」

「寂しかったんだな」

「怖かったんだな」

「腹が立っていたんだな」

「認めてほしかったんだな」

「本当は嫌だったんだな」

と、

当時の自分がそう感じていたという事実を認めること。

その感情が正しいか間違っているかを裁く必要はありません。

まず、

「自分はそう感じていた」

ということを、自分自身が理解する。

それが浄化の一歩になります。

「出来事」と「そこから生まれた認識」を分ける

そして、人生学における呪核の浄化で重要になるのが、

事実と解釈を分けること

です。

例えば、

「母親に認めてもらえなかった」

という出来事があったとする。

そこから子どもの自分が、

「自分には価値がない」

と考えた。

でも、

この二つは同じではありません。

「母親に認めてもらえなかった。」

これは過去に起きた出来事。

一方、

「だから自分には価値がない。」

これは、その出来事から形成された認識です。

子どもの頃には、

その二つを切り離して考えることができなかったのかもしれない。

でも、大人になった今なら、

もう一度考え直すことができるのだ。

「自分には価値がない」は本当なのか?

例えば、

母親から十分に認めてもらえなかった。

だから、

「自分には価値がない」

と思った。

でも本当に、

母親に認めてもらえなかったことは、

自分に価値がない証明なのだろうか?

母親自身に余裕がなかったのかもしれない。

母親自身も親から認めてもらえずに育ったのかもしれない。

自分のソウルジェムが濁ったまま親になったのかもしれない。

「子どもはこうあるべきだ」

という強い人生OSを持っていたのかもしれない。

つまり、

母親が自分を認められなかったことと、自分自身の価値は別の問題だった

という可能性がある。

子どもの頃には、

「自分が悪い」

としか考えられなかった。

でも大人になった今なら、

より広い視点から出来事を見ることができる。

人生学では、このように、

過去の出来事に対する認識を、現在の自分でもう一度捉え直すこと

を大切にしている。

これが「再解釈」

人生学における再解釈とは、

過去を都合よく美化することではありません。

「全部いい経験だった」

と思い込むことでもありません。

例えば、

「母親に認めてもらえなくて悲しかった」

これは、そのままでいい。

無理に、

「でも母親も愛してくれていたんだから幸せだった」

と書き換える必要はありません。

そうではなく、

「母親に認めてもらえなくて悲しかった。でも、それは私に価値がなかったからとは限らない」

と考える。

あるいは、

「自分の意思を否定されてきた。でも、自分の判断が間違っている証明ではない」

と考える。

起きた出来事は変えない。

当時の感情も否定しない。

でも、

そこから作られた『自分に対する認識』は、もう一度検討する。

それが、人生学における再解釈です。

親を理解することと、親を許すことは違う

呪核を浄化する過程では、

親について考えることもあるだろう。

「なぜ母親は、あんな接し方をしたのだろう?」

「母親には、どんな人生OSがあったのだろう?」

「母親自身のソウルジェムは、どんな状態だったのだろう?」

「母親自身にもパンドラの箱があったのではないか?」

そうやって構造を考えていく。

すると、

「母親もまた、自分の問題を抱えていたのかもしれない」

と理解できることがある。

でも、

理解することと、許すこと別です

事情を理解したからといって、

傷つけられた事実が消えるわけではない。

「親にも事情があったんだから許しなさい!」

と人生学が強制することもありません。

許す。

許さない。

距離を取る。

関係を続ける。

それも本人が決めることです。

大切なのは、

親を悪者にすることでも、

無理に美化することでもなく、

何が起きていたのかを理解すること

です。

そして、母親を理解することは、目的ではなく手段です。

本来の目的を忘れちゃいけない。

本来の目的は、

“人生の主導権を握ること”

そのための「手段」であるということ。

仲良くなることが目的ではないということをお忘れなく。

「自分が悪かった」という呪いを解いていく

子どもの頃は、

親との関係で問題が起きると、

「自分が悪い」

と考えてしまうことがある。

「もっと良い子だったら」

「もっと頭が良かったら」

「もっと親の期待に応えられたら」

「もっと可愛い子だったら」

愛してもらえたのかもしれない。

認めてもらえたのかもしれない。

そんな考えが、

「今の自分ではダメだ!」

という呪核につながっていく。

でも、大人になった今、

その前提そのものを問い直すことができます。

「本当に、あのときの自分が悪かったのだろうか?」

「子どもの自分に、そこまでの責任があったのだろうか?」

そうやって、

自分が背負う必要のなかったものを、一つずつ降ろしていく。

それも呪核の浄化です。

浄化は「理解したら終わり」ではない

ただし、

「なるほど。原因は分かった」

だけで、すべてが変わるとは限りません。

頭では、

「自分には価値がある」

と理解できた。

でも、人から否定された瞬間、

また、

「やっぱり自分はダメなんだ」

と思ってしまう。

そんなこともあります。

何十年も使ってきた人生OSや生存戦略が、一度の理解ですべて消えるとは限りません。

だから、

理解したあとに、新しい選択を実際に経験していくこと

も重要になります。

「今の自分ならどうする?」を選び直す

例えば、

これまでは嫌われるのが怖くて、何でも引き受けていた。

でも、

「嫌われることと、自分の価値は別だ」

と理解した。

だったら次に頼まれたとき、

小さなことから、

「今回はできない!」

と言ってみる。

すると、

断っても世界は終わらなかった。

相手との関係も壊れなかった。

仮に相手が不機嫌になったとしても、自分は生きている。

そんな経験が増えていく。

あるいは、

これまでは親に決めてもらっていた。

でも、

「自分の判断は信用できない」

という呪核に気づいた。

だったら、

今日食べるもの。

休日に何をするか。

何を買うか。

小さなことから、

「自分で決める」

という経験を積んでいく。

そうやって、

新しい現実を自分自身に経験させていく。

それによって、古い認識が少しずつ弱くなっていくのだ。

浄化とは「自分を取り戻していくこと」

ここまでを整理すると、

人生学における呪核の浄化とは、

単に、

「過去について考えること」

ではありません。

呪核を見つける。
 ↓
なぜ形成されたのかを理解する。
 ↓
封印していた感情や意思を認める。
 ↓
過去の出来事と、そこから生まれた認識を分ける。
 ↓
現在の自分でもう一度、その意味を捉え直す。
 ↓
古い人生OSや呪いに従うのではなく、新しい選択をする。
 ↓
その経験を積み重ねていく。

この一連の過程が、

呪核を浄化していくこと

なのだと思います。

そして、その先にあるのが、

かつてパンドラの箱へ封印した自分自身を取り戻すこと

なのだ。

ソウルジェムは再び輝かせることができる

呪核が浄化されていくと、

そこから生まれていた呪いも少しずつ弱くなっていきます。

「認められなければ価値がない」

という呪核が弱くなれば、

承認の呪いも弱くなる。

「自分の判断は信用できない」

という呪核が弱くなれば、

誰かの許可を求め続ける必要も減っていく。

「一人では生きていけない」

という呪核が弱くなれば、

依存の呪いも弱くなっていく。

すると、

今まで他人に預けていたものが、少しずつ自分のところへ戻って来る。

自分の価値

・自分の判断

・自分の意思

・自分の感情

そして、

自分の人生の主導権。

人生学では、その状態を、

輝くソウルジェム

と表現している。

「元の自分に戻る」とも少し違う

ただ、

「ソウルジェムを輝かせる」

というのは、

昔の自分に完全に戻ることではない。

傷つく前の自分。

パンドラの箱を作る前の自分。

そこへ時間を巻き戻すことはできません。

過去を経験した自分も、今の自分の一部だ。

だから、

過去を消して元に戻るのではなく、

過去を理解したうえで、その先へ進んでいく。

そう考えた方が近いと思う。

傷ついた経験もある。

苦しかった過去もある。

間違った選択をしたこともある。

それでも、

「だから自分には価値がない」

ではなく、

「それも含めて、自分の人生だった」

と捉えられるようになる。

それも、ソウルジェムが輝くということなのかもしれない。

浄化には時間がかかってもいい

そして、呪核の浄化を急ぐ必要はありません。

何十年も封印してきたものなら、

時間がかかっても不思議ではありません。

一つ理解した。

少し時間を置いた。

また新しいことに気づいた。

実際に行動してみた。

うまくいかなかった。

また考えた。

そうやって、少しずつ進んでいけばいい。

大切なのは、

「早く治さなければならない」

と、今度は自分自身を追い込まないこと。

浄化することまで義務になってしまえば、

また別の「こうしなければならない」に縛られてしまいます。

自分のペースで進めばいいのです。

焦ったって、良い結果には繋がらないからね~。

一人では扱いきれない箱もある

そして、すべてのパンドラの箱を一人で開けなければならないわけでもありません。

箱の中にあるものによっては、強い恐怖や苦痛が伴うことがある。

特に、犯罪被害や性的暴行、虐待など、強いトラウマにつながる体験については、

無理に一人で掘り返す必要はありません。

人生学による自己理解や構造分析だけで扱おうとせず、

必要に応じて心理・医療など適切な専門家の力を借りることも選択肢です。

誰かの力を借りることは、

人生の主導権を手放すことではありません。

「誰の力を借りるのか」を自分で決めることも、主導権を握ることの一つです。

先生は、講師であって医者ではないから、心の病を治すことはできないからね。

そこは、ネットに蔓延るエセカウンセラーのところではなく、

ちゃんと資格を持っている「臨床心理士」「公認心理士」ところで治療を受けてクレメンス(笑)

パンドラの箱を開ける目的は、過去に住み続けることではない

人生学が過去を扱うのは、

親を責め続けるためでもありません。

昔の傷を何度も眺め続けるためでもありません。

現在を変えるためです。

なぜ、自分はこう考えるのか。

なぜ、同じ問題を繰り返すのか。

なぜ、自分で決められないのか。

なぜ、他人から認めてもらわなければ不安なのか。

その原因を知るために、過去を見る。

そして原因が分かったら、

今の自分はどう生きたいのか?

へ戻ってくる。

人生学が最終的に見たいのは、

過去ではありません。

これからの人生です。

パンドラの箱の中にいたのは、自分自身だった

パンドラの箱という名前だけを見ると、

中には恐ろしいものが入っているように感じるかもしれない。

確かに、

・悲しい記憶

・苦しかった経験

・怒り

・恐怖

・呪核

見たくないものも入っているだろう。

でも、そのさらに奥には、

ずっと閉じ込められていた

自分自身

がいるのかもしれません。

「本当は嫌だった」

「本当は寂しかった」

「本当は認めてほしかった」

「本当はこうしたかった」

「本当は、こう生きたかった」

そんな自分です。

だとすれば、

パンドラの箱を開けるというのは、

恐ろしいものと戦いに行くことではなく、

昔、自分を守るために置いてきた自分自身を迎えに行くこと

なのかもしれない。

最後に――自分の人生を、自分の手に取り戻す

パンドラの箱を作ったことが、間違いだったわけではありません。

そのときの自分には、必要だったのかもしれない。

自分を封印することで、その環境を生き抜いた。

いわば、生存戦略。

だから、

パンドラの箱を作った過去の自分を責める必要はありません。

ただ、

今の自分には、もう別の選択肢がある。

子どもの頃には選べなかったことも、

大人になった今なら選べるかもしれない。

「嫌だ」と言ってもいい。

断ってもいい。

人と違ってもいい。

失敗してもいい。

誰かに認めてもらえなくてもいい。

そして、

「私はこうしたい!」

と、自分で人生を選んでもいい。

呪核を浄化するというのは、

単に心の傷をなくすことではありません。

パンドラの箱に封印してきた、

自分の意思。

自分の感情。

自分の価値。

それらを少しずつ取り戻していくこと。

そして最後には、

自分の人生の主導権を、自分自身の手に取り戻すこと。

それが、人生学における、

「呪核の浄化」

なのです。


はい、今日の授業はここまで。

起立。

気をつけ。

礼。

では、解散~。

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